「農業は稼げないからやめとけ」
田舎のおじさんに聞くと、ほとんどといっていいほどこんな返事が返ってきます。
場所によってはたしかに不利な地域があるのは事実です。
平野のど真ん中と山間地では、同じものを作るにしても、難易度がまるで違います。
例えばお米。
平地だと田植えでも収穫でも大きな田んぼを大きな機械でガーッとやります。楽チンです。
これが山間地だと、山の斜面を無理やり段々にして田んぼを作っているので(これを棚田といいます)、田んぼ一枚あたりの面積が小さい上に、大きな機械を入れることができません。なので小さい機械でやるか、下手すると全部手作業になることも。
要するに効率が悪いのです。
加えて、作物を食い荒らす野生動物が必ずといっていいほど近くにいます。せっかく作った野菜が一晩のうちに食い荒らされてパーになったなんて話は珍しくありません。
…といったハンデはありますが、稼げるかどうかの本質はそこではありません。
稼げるかどうかの違いは、ひとえにその人が経営を意識しているかどうかにかかっています。
「農業は稼げないからやめとけ」と言った田舎のおじさんは、どうして稼げないのでしょう?
例として、稼げないAさんと、稼げるBさんの違いを比較してみましょう。
稼げないAさん
Aさんは代々農家の家系で、親から譲り受けた畑で、親の代から作っていたトマトを中心とした野菜を作っています。
作る野菜は一級品です。形は立派で味はおいしい。腕に問題があるわけではありません。
でも、野菜作り以外のすべてを農協に頼ってきました。資材や肥料を農協から仕入れ、農協に勧められた機械を買って、そのときどきに農協に勧められた野菜を作って、収穫した作物はすべて農協に卸してきました。
結果、食べることはなんとかできていますが、所得は上がらず、いい腕を持ちながら、生活はいつまでたってもラクになりません。
息子は一人いますが、自分のようなつらい目には遭ってほしくないとの思いから、農家を継がせるつもりはなく、いい給料をもらえる会社に入れと言っています。
稼げるBさん
Bさんも代々農家の家系で、親から譲り受けた畑で農業を始めました。
こちらも最初はAさんと同じくトマトを作り、農協に卸していましたが、あるときインターネットで甘みの強いトマトを作る農家がいることを知り、押しかけていってノウハウを学びます。
できあがった高糖度トマトを近くのホテル数件に売り込んだ結果、一軒との間で取引が成立。自分で獲得した初の取引相手で、農協に卸すより利益率がよく、収入が少し増えました。
Bさんは、他のホテルに断られたのはなぜだろうと考えました。味では負けていない。別の要因があるに違いない。もしかして知名度がないせいかも…? どこの誰ともわからない人を信用できなかったから?
そこで、自分のトマトを紹介するサイトをオープンさせて、甘みを強調したトマトのページを作りました。
ここ数年の農協への納入実績も明らかにして、安定供給の面でも問題がないことをアピールしました。
次に売り込んだところには、サンプルのトマトとともに、サイトのページを印刷したものを持参していきました。結果、見事に取引が成立しました。
取引先が少しずつ増えるたびに、サイトに書ける取引先も増え、信用度は増していきます。
そうこうするうちに、次は規模の問題が出てきました。
ずっと一人でやっていたので、取引先の増加に人手が追いつかないのです。
そこで農協に納めていた分を減らして当座の量を確保しつつ、業務内容を整理してマニュアルを作り、アルバイトを一人雇いました。
平行して新たな農地も確保し、台風対策を考えてビニールハウスは少し値の張る耐風性のものにしました。
さらに取引を拡大すべく、Bさんはこのトマトのブランド化に取り組みます。たまたま標高が高めのところで農業をしていたので、ブランド名を「天空のトマト(同名のブランドがすでにありますが、あくまで例えということでご容赦下さい)」と名付けて商標をとりブランド化しました。
サイトには青い空と山々の画像を取り入れて、読んだ人のイメージが膨らむように工夫しました。
キャッチーなイメージを作ることに成功し、メディア露出が増え始めたのをきっかけに、とある高級スーパーのバイヤーの目に止まり、かつてない大規模な取引が成立。
激増する注文を途絶えさせないため、さらなる土地と人手の確保を求めて奔走、並行して法人化に踏み切り、そうしている間にも新たな取引の話が次々と舞い込んできます。
そして次の年の法人収入は5,000万円を突破、商談は引きも切らず、規模の拡大さえうまくいけば一億円も射程内に入ってきました。代表取締役社長となった今は、ほとんどの農作業を部下に任せ、あちこちを飛び回っては課題を一つずつ解決していく日々を送っています。
稼げないAさんと稼げるBさんの違い
…さて。
AさんとBさんの違いは何だったのでしょう。
それは言わずもがな、冒頭に書いた「経営」に対する意識の違いです。
農協が悪いかのような捉え方をされたかもしれませんが、私は農協が悪と言っているわけではありません。
農業をやる上で、農作業以外にも考えなければならないことはたくさんあり、それは人任せにしてはいけないということを言いたいのです。
諸々を自分の頭で考えた結果、農協にお願いするのがベストだという結論になれば、それはそれで全く問題はありません。
Bさんのストーリーの中だけでも、
甘いトマトを作る→商品開発
ホテルへ売り込み→営業
耐風性のビニールハウス導入→生産リスク管理
ブランド化→マーケティング
法人化→信用の獲得と税金対策(笑)
など、いくつもの経営要素がありました。
ストーリーには含めませんでしたが、就農場所を選ぶのも経営における選択肢の一つです。
農業を始めるということは、小さい会社を立ち上げるのと同じです。そして世の中には生産部門だけの会社などありません。開発があり、営業があり、部門というほどの規模がなくてもそれを担う人は必ずいて、それらをうまく噛み合わせることでビジネスで結果を出していく。
少なくともそういう意識でいることができれば、稼げる農業へは一歩近づくことでしょう。
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